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習い性

 遅い夏休みを取り、南の“国”に行ってきた。
 ケフィがいたときにはなかなか行けなかった海外。「ここは思い切って」と、ケフィと一緒の夏休みに比べると半分以下の短さではあったが、常夏の国に行ってみた。

南の島とはどこかが違う

生まれてはじめて飛行機に乗って南の海に降り立ったケフィ 蒼く澄んだ空。黙々と立ち上がる入道雲。たまに起きるスコール。そして、きらめく青い海。・・言葉で表現するとケフィと毎年過ごした南の島と同じようなのだが、やっぱりどこかが違う。

 吹き渡る風が、少し乾いているからなのか。珊瑚礁が違うのか。遠目にみるとエメラルドグリーンなのに、近くに行くとコバルトブルーに輝く、ケフィが大好きだった南の島の海とは違っている。

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海を評価

お風呂状態で海につかるのが大好き それでも私たち家族は海を目にするたびに

「ここのビーチはケフィに良さそうだ」
「この波の高さではケフィが泳ぐには難しい」
「ボールを投げたら潮の流れが速くて危険だね」

 などと、目の前の海についてあれこれ評価した。
 そして、ホテルの手入れが行き届いた庭を見ては「ケフィを放したら大喜びで走り回るに違いない」と話し、食事が出れば「これはケフィが好きそうだ」と会話し、道を気ままに渡る鶏を指して「ケフィが見たらびっくりして逃げ回るも」と笑った。


ケフィはいつも一緒

 もう、習い性になっているのだ。何を見ても「ケフィならどうか」と考えないわけにはいかない。私たち家族の長い長い習慣になっているのだ。
 いないことが悲しいとか、寂しいということを超えて、もうそれが当たり前になって染みついてしまっているのだ。
 
 南の国にいる間、今、ここにケフィがいて、楽しそうにはしゃいでいる姿を見ているような楽しい気分を何度も味わった。

 こうやっていつどこにいても、何をしていてもケフィは私と一緒にいる。ケフィの笑顔に包まれて、ケフィとの幸せな時間を過ごせた旅行だった。
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運と縁(3)でんすけの命日に寄せて

 9月19日はでんすけの命日だ。19年前の9月、台風の日に我が家で子猫を産み、私と人生を共にする猫になったでんすけは、2年前の今日、お星様になった。

 生涯、私以外の人間には心を許さなかったでんすけ。私のことだけを信用して、私だけを拠り所にして、私だけに抱っこされ、私の腕のなかで息を引き取ったでんすけ。
 そんなでんとは、なぜかしっかりと赤い糸で結ばれていたという確信がある。きっと確かな縁でつながっていたのだろう。

三兄弟登場

突然現れた兄弟らしき猫。お腹を空かせているらしい。
「新顔猫」とはどうなのか。「もやっ」としたものを抱えながら寝起きしていたある日、今度は三兄弟らしき猫が現れた。小雨がぱらつく、ちょっと肌寒い夜だった。

 二匹は三毛。一匹は白黒だけど手足の一部以外はほとんど真っ黒な猫だ。遠目にしか写真が撮れなかったので分かりにくいが(写真)、三毛猫のうちの一匹がミーちゃんとでんに似ている感じ。体格からして、まだ小さい。生後1~2月くらいだろうか?

 家人と「ミーちゃんとでんを足して2で割ったような猫がいる」「まだ子猫みたいだから飼ってあげようか」などと話し、ゴハンを持って外に出た。

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「新顔猫」再登場

またまたデジャブな風景 ・・・すると、どこにいたのか「新顔猫」がするりと私の足下に現れた。三兄弟のために置いたカリカリを一緒に食べている。まるで家族のようだ。
 よっぽどお腹を空かしていたのか、新顔猫は皿に顔を突っ込み一心不乱に食べ続けた。

 その日を境に、「新顔猫」は毎日、我が家にやってくるようになった。だいたいは朝と晩。デッキまで上がってきて、窓越しにこっちを見ていることもある(写真)。その様子は、タリの登場時と重なる感じだ。


猫との縁

 怖い思いをすると二度と来なくなってしまう猫もいるから、「もう二度と会えないかも」と思っていた。
 でも「新顔猫」はまたやってきた。これは「新顔猫」が持っている運なのだろうか。運がない子は、お腹を空かしても、もう一度、ゴハンをくれた家に近寄る勇気が無く、さまよい続けることになってしまうのだろうか。

 そして、たくさんの猫が通り過ぎていく中で、確かな関係を結ぶ猫がいるのは、猫と私の縁なのだろうか。 
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運と縁(2)

どこかで見た風景? 家の中をのぞく「新顔猫」 久々に「新顔猫」がやってきた翌朝、まだ暗い時間にデッキで「ぎゃぁぁぁ~ぉぉぉ~ん」「ふんぎゃぁ~~」という猫が威嚇しあう声と、ドタンバタンという大きな物音がした。

 いったい、だれとだれが闘っていたのかは分からない。でも、そのことがあってから、また「新顔猫」は現れなくなった。

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思い出す「みーちゃん」さんのコメント

「受け入れあぐねているうちに時が過ぎてしまっていた・・・」
 
 タリが亡くなった後、「みーちゃん」さんが付けてくれたそのコメントを何度もかみしめている。タリのことがあったからなのか、姿を見せなくなった「新顔猫」がやたらに気になった。
「初めて会った日に、ちゃんとゴハンをあげていたら、『新顔猫』との展開は違ったのではないか」
「多少、他の猫に追い払われたくらいではいなくなりはしなかったのではないか」

 そんな考えが頭から離れなかった。

受け入れあぐねてしまう理由

一心不乱にゴハンを食べる「新顔猫」 受け入れあぐねてしまうのは、去っていかれるのが怖いからだ。

 外からふらっとやってきた縁もゆかりもない猫だったはずなのに、気にかけているうちに、いつの間にか「いなくてはならない猫」になってしまう。

 でんすけやタマやタリのように、きちんと家に定着できる猫はそうはいない。家をのぞきに来たり、すっかり懐いているかのように思えたのに、まったく姿を見せなくなってしまう猫も多い。猫自身の意思なのか、それとも不慮の出来事に見舞われたのかは分からない。そのたびに私は、
「どこへ行ったのか」
「ちゃんとゴハンは食べているのか」
「どこかで怖い思いをしていないだろうか」
 と、心配せずにいられない。嫌な夢を見たり、寝付きが悪くなったりもする。踏ん切りがつくまでの間、つねに胸の中に「もやっ」としたものを抱えて暮らさなければならない。
 ミーちゃんがいなくなってしまったときもそうだった。

 そんな生活は辛い。だから「この子はもうどこにもいかない」という確信が芽生えるまでは、猫には名前をつけないようにしている。だから「この子を受け入れて大丈夫か」と、いつも迷い、受け入れあぐねてしまうのだ。

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運と縁(1)

 数日、姿を見せなかった「新顔猫」が久々に現れた。
 
 よく見ると痩せていたので、「きっとゴハンにありつけていないのだろう。まだそんなに遠くには行っていないはずだから、うちの近所をうろうろしているかも」と、猫窓に入る外階段のところにカリカリを置いておくことにした。

 最初の日は、カリカリはそのまま残っていた。が、その翌日からは、いつの間にか空っぽになっている。やっぱり、近所で様子をうかがっていたのだ。

親しみを込めてあいさつ

 そんなことが続いたある日の朝、どこからともなく「新顔猫」やってきて「なぁぁぁぁ~おん」と、デッキから声をかけてきた。その少し前、タマが外に遊びに出ていたから、きっとタマを追ってやってきたのだろう。

 窓越しに私が「にゃんこ!」と声をかけると、小さな声ではあるが「ニャッ」と、ちゃんと短く返事をする。
猫と一緒に暮らす女の子のための飼い方ガイドブック』(メディアファクトリー)
によると、「ニャッ」という鳴き声は、親しい相手への鳴き声で、「やあ!」「オッス!」などのあいさつの意味だという(同書63頁)。

また事件が

人間が近づくと腰が引ける「新顔猫」「それなりに親しみを覚えてくれているのかな」と、ゴハンを持ってデッキに出て行くと、やっぱり逃げる。
 ゴハンを置いて、私が引っ込むと食べ始めるが、様子を見に行くとまた逃げる準備をしている(写真)。

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お腹がいっぱいになったのか駐車場で毛繕い しばらくそっとしておいてから様子を見に行ったら、家の駐車場で満足そうに毛づくろいをしていた(写真)。
 久々におなかいっぱいゴハンを食べたのかもしれない。

 近づこうとすると警戒するが、3メートルくらい離れた距離までは逃げない。ただじーっとこっちを見ている。
「こいつは危害を加えない、無害なやつなのかもしれない」と、値踏みしているのだろうか。
「このまま家に定着するかな」と思ったのもつかの間、また事件が起きた。

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タマ好み?

意味ありげな瞳でこっちを見つめる「おっちょこちょいな猫」 
 お盆前くらいから通ってきている「新顔猫」の写真を見ていて、あることに気づいた。
「ちょっと『おっちょこちょいな猫』(写真)に似てない?」ということだ。もしかしたらちょっとしゅっとした、キジトラの猫がタマの好みなのかもしれない。

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「おっちょこちょいな猫」

逃げ足ものんびり。本気で逃げる気はないのか?「おっちょこちょいな猫」は、2014年の春に現れ、まだデッキ暮らしをしていたタマのところに一時、足繁く通っていた猫だった。人間がデッキに出て行くと逃げはするものの(写真)、一定の距離からじーっとこっちを見ていて、本格的に逃げようという気持ちはなさそうだった。

 けっこうな美猫だし、体つきもわりと立派なので、どこかの飼い猫なのかもしれないと思いつつも、「このままうちに通い続けるなら家のコになってもらってもいいかな」と思っていたのに、あっけなく交通事故で逝ってしまった。
 私は目撃していないが、家人と隣人が道路に横たわって動かなくなっている「おっちょこちょいな猫」を見たというのである。


猫にとっては危険地帯?

 今思い返せば、その猫が横たわっていたという場所は、タリが車にぶつかったと推測される位置とほぼ同じだ。

 人間にとっては「ほとんど車通りが無い安全な生活道路」に見えるこの場所は、もしかしたら猫にとって危険地帯だったのかもしれない。通常は車の通りが少ないだけに、猫は油断するだろうし、早朝や夜間には「だれもいない」と踏んでいるのかけっこうなスピードで通り過ぎる車もいる。

 でも、もし危険地帯と分かっていても、タリをはじめ外からやってくる、家で暮らすことがまだできてない猫たちだから、出歩かないようにすることもできない。やはり事故に遭ったのも「運命」と受け入れるしかないのだろうか。

気配はあれど姿を見せず

 今回の「新顔猫」は、先日、猫窓から入ってきたところを家人に見つかって以来、姿を見せなくなった。もう一匹の白黒猫も、まだ人間が起きている時間に猫窓から侵入し、大慌ててきびすを返してから、姿を見ない。
 夜中に猫窓をガタガタやっている音などが聞こえる気がするので、姿を見せないだけで近くにはいるのかもしれない。どちらの猫も怖かったのだろうか。

 姿を見せなくなると逆に気になってしまう。いったいどこにいるのだろうか。ちゃんとゴハンや水はもらえているのか。事故になど遭っていないとよいのだが。
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このブログは「ミーちゃんを探して」を2017年2月20日にリニューアルしました。
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さいたま市岩槻区で地域猫として住民に愛されていた三毛猫の「ミーちゃん」。 このブログはまず、2008年に行方不明になったミーちゃんの情報収集のためにつくられました。 […続きを読む
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