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ゆめの彼女は「姫」

 ゆめが還って行った日からずっとご飯を食べに通って来る猫がいる。しかし、いまだに正体はわからない。前にも書いたように、家人が「それらしき猫」と遭遇したことはあるものの、猫がご飯を食べているところを目撃してはいない。

 そもそもは「ゆめの彼女猫だったらいいな」と思って、はじめたこと。「ゆめの彼女猫」と呼ぶのがまどろっこしかったため、、いつの間にかゆめの彼女猫に「姫」という名前がついた。「ゆめにとってはお姫様だっただろうから」ということでのネーミングだ。

「今日の姫は食べっぷりがいい」
「寒い日が続いているから、姫にハウスをつくってあげたらいいのでは」

 自然と、そんな会話が繰り広げられるようになった。

姫じゃなかった

ご近所に住み着いている「お母さん」猫 しかしそれにしても、姫はよく食べる。玄関先に置いた人間のおとな用ご飯茶碗が空くたびにカリカリを入れているのだが、日に山盛り4~5杯は食べている。おまけで入れるお肉やら刺し身やらも食べている。

「もしかして、姫以外の猫も来ているのでは?」と思っていたら、ご近所さんが「◯◯さんちに住み着いているお母さん猫が、ゴハンを食べにきていましたよ」と知らせてくれた。  
 そのお母さん猫は、2匹の子猫(すでに成猫)と一緒に、二軒先の大きなお庭のあるお宅に住んでいるという。


姫を待つ

正体不明の謎の猫も登場 その後、ご近所さんから「それ以外にも、今までに見たことのない猫が2匹食べていました」と写真が送られてきた。単純計算すると5匹でゴハンを食べに来ていることになる。どうりで水のヘリも早いわけだ。

 しかし、肝心の姫はまだ目撃されていない。思い返してみれば、ゆめがあまりデッキにでなくなった去年の夏くらいから、姫の姿を見かけていない。ゆめに会いに来るのも夜中だったから、同じような時間にこっそり来ているのか、それともゆめと会えなくなってしまったのでテリトリーを変えてしまったのか。
「姫がうちの子になってくれたら・・・」と願いつつ、その登場を待っている。

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キチのさらにその後


 ここ数日は少し和らいだものの、今年は例年にない寒さが続いている。東京の都心でも氷点下を記録していた。
 朝の天気予報を見るたびに、外で暮らす猫たちのことが気にかかる。寒いのが苦手なはずの猫たちが、いったいどうやって寒さをしのいでいるのだろう。

2週間ぶりのキチ

いつもお腹を空かせているのかよく食べる ここのところ、ゆめや、ゆめの彼女猫のことばかり書いていたが、外猫と言えばキチのことも気になっている。1月25日にやってきて以来、長らく顔を見せなかった。

「寒いから、どこかのお家に入れてもらうことができたのだろうか。それとも猫風邪でも引いて具合が悪くて動けなくなったりしているのだろうか」
 ・・・そんな心配をしていたら、2週間ぶりにキチがご飯を食べに来た!

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キチの背中を撫でてみる

心なしか少しだけ痩せたような??? ご飯はもらえているらしく、相変わらず太め。だけど冬毛はいちだんとフサフサになっているようなので、やっぱり外猫暮しなのだろうか。
 カリカリに猫缶を混ぜてあげると「はぐぅ、はぐぅ」と声を上げ、美味しそうに目を細めて食べた。

 相変わらず近寄ると怖がるし、めったにスリスリもしてくれない。しかし、私はできるだけご飯を食べているキチの背中を撫でるようにしている。私が背中を撫でると一瞬、ビクッとはするが、たいていはそのまま食べ続ける。


タリのように

 なるべくキチを撫でるようにしているのは、定期的に動物病院から送られて来るニュースで「人間に撫でてもらえない猫は早死である」という研究データを見たことがあったからだ。細かな数字などは覚えていないが「人とのふれあいがある猫と、そうでない猫は病気にかかる率や病気の治癒率に差がある」という。

 猫に限らず、人間を含む哺乳類の免疫力向上や精神の安定に、愛情に満ちた身体接触が欠かせないことは、最近のいろいろな研究が示している。「愛されている」と確認できること、「自分を思ってくれるだれかがいる」と信じられること、そして基地(キチ)のように「ここに帰れば大丈夫」と思える場所があることは、生き物にとって必要不可欠なことなのだ。

 いつかキチも、タリのように抱っこができるようになるといいな。キチもタリのように、私の膝の上でゴロゴロいいながら、熟睡できる日がきますように!
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見えないゆめ・・・それとも

丸々と太っていた頃のゆめ。お腹を出して寝るのが好きだった

 ゆめが天へと還って行った翌朝、玄関前に出しておいたゴミが少しだけ荒らされていた。
 ゆめが亡くなった12月23日は来客があったため、外までごちそうの香りが漂ったせいかもしれない。

「ゆめがゴハンを食べに帰ってきたのかな。それとも、ゆめの彼女かな」

 そんなふうに家人と話したのは、以前はゆめを頻繁に尋ねて来る彼女(猫)がいたからだ。
 ゆめがブラッシングをせがむときくらいしかベランダに出なくなってからは、とんと見かけなくなっていた彼女猫。それが、ゆめとの別れを惜しんだのか、それとも匂いにつられたのか、訪ねてきたのではないかと思ったのだ。

ゆめの彼女はグレーの猫

 ゆめの彼女は、小ぶりですばしっこいグレーの猫だ。ゆめがベランダで過ごす時間が長かった頃は、ベランダのすぐ横にある木に登り、頻繁にゆめに会いに来ていた。そしてベランダの網越しに、ロミオとジュリエットよろしく何やら長いお話をしていた。

 生粋の野良で怖い思いをしているのか、人間が近づくとさっと木を飛び降りて逃げて行ってしまうため、近くで目撃したことは無い。でもゆめとラブラブなようだったから「きっとあの猫は女の子に違いない」と家では考えていた。

謎は深まるばかり

なでなでされて「気持ちいい」「ゆめが天へと還った日に、久々にやってきたのも何かの縁」と考え、その日から玄関先にカリカリやお肉と水を置いておくようにした。

 それから1月以上が経ったが、いまだにゆめの彼女は目撃されてはいない。唯一見かけたのは、三毛?のようなきれいな顔立ちの猫。その猫が壁を越えて家の庭に入って来ようとしたところを家人と鉢合わせし、慌ててきびすを返したという。

 ただし、その目撃情報も一度だけ。なのにゴハンだけは、いつのまにか無くなっている。夜寝る前に茶碗に入れておくと、朝には無い。朝、足しておくと昼過ぎには空になり、昼過ぎにさらに入れても夕方には空っぽだ。また追加しても、人間が眠る前に見てみると茶碗は洗ったようになっている。

 よっぽど飢えているのか、それとも複数の猫が食べに来ているのか。謎は深まるばかりだが、「ゆめの彼女が家の猫になってくれたらなぁ」と、密かに企んでいる。

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げぼくのわたし(2)

パソコンを押しながらお昼寝中 これからはもう、朝の出勤前に時計とにらめっこしながらコーヒーを片手にブラッシングすることはない。仕事で疲れて帰ってきた夜にベランダへと呼び出されることもない。

 夜中に何度も起こされることもないし、猫砂が張り付いたタイルや窓ガラスのさんを掃除する手間もいらない。猫砂や毛がついたシーツや布団カバー洗う必要もないし、リビングに点在する足跡を拭くこともない。

 猫ベッドに張り付いた毛をコロコロで取ることも無くなるし、散らかしたキャットフードを寄せ集める必要もない。

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人間中心の生活

 ゆめのために、猫トイレがある洗面所のドアを細く空けておく必要はないし、風呂場の洗面器に水をためておく必要もない。
 風の強い日に猫窓から吹き込む風に悩まされることもないし、「ゴハン」だの、「寒い」だの、やれ「エアコンを点けろ」だのと命じられることも無い。

 こっちの家では、自分のために時間を使い、自分の都合を優先した、人間が中心の生活が送れるようになる。ドアや窓を開け放しての風通しだって自由自在だ。

世話する者がいる幸せ

 動物がいない生活といういうのはなんて自由で、快適で・・・そして寂しいのだろう。自分のために使える時間がたくさんあって、だれからも邪魔をされないということは、なんて贅沢で、便利で、退屈なのだろう。

 世話する者がいるというのは、なんてうっとうしくて、時間をとられて、煩わしくて・・・幸せなんだろう。
 ケフィがいなくなったときにも心から痛感した。

「わたし」はゆめの代弁者?

げぼくのわたし そんな私のことを見てゆめは「ほら、いないと寂しいでしょ?」と笑っているかもしれない。『わたしのげぼく』(上野そら:著、くまくら珠美:イラスト/アルファポリス)で、18歳で天へと還って行った「わたし」のつぶやきは、ゆめの言葉なのかも知れない。

「おまえがこっちにきたら・・・わたしをなでさせてやってもいいぞ。いっしょにあそんでやってもいいな。えがおを見るのもわるくはない。すこしくらいはもてなしてやるから、こちらのせかいでわたしとあうのを、たのしみにしているがよい。
 ・・・しかしおまえは、いそいでしまうとすぐころぶ。なのでゆっくりくるがよい。おまえのペースでくればいい。あんしんしろ。ゆっくりでも、おっとりでも、どんくさくても、わたしはおまえをきらいになったりなどしない。
 いつかあえる日を、こころまちにしている。それじゃあまたな、たっしゃでな」

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げぼくのわたし(1)

お天気がいい日はここでのお昼寝が定番だった

 ゆめが天へと還ったことを知った友人が『わたしのげぼく』(上野そら:著、くまくら珠美:イラスト/アルファポリス)という絵本を送ってくれた。
 自分を「わたし」と呼び、飼い主の男の子を「げぼく」と呼ぶ猫目線の一冊である。 「わたし」である猫の“えらかわいい”感じが、妙にゆめと似ている。

「きっとゆめもこんなふうに思っていたんだろうなー」と、読みながら泣き笑いした。

私は「しもべ」

 絵本に出て来る男の子(げぼく)は、毎日「わたし」のトイレを掃除し、頭をなで、猫じゃらしで遊ぶ。たしかに猫(わたし)からすれば、げぼくに見えるに違いない。

 私もきっとゆめからは同じように見えていたんだろう。ゆめが気に入ってくれるようゴハンを工夫し、布団を整え、トイレを掃除する。退屈しないよう遊びのお相手を仰せつかり、日に何度もブラッシングを命じられた。

 私はそんな自分のことを「しもべ」と呼んでいた。

うちの王様猫・ゆめ

ケフィのお下がりの毛布でお昼寝中。 うちの王様猫・ゆめは「しもべ」が掃除機をかけようとしても“でん”と横になったままどいてはくれず(耳が聞こえないので掃除機の音も怖くない)、床を拭いているとわざと前を通過して邪魔をした。

 フードボールが空になっていると「腹がへったぞー!」と催促し、食べこぼしたカリカリを拾っている横からフードボールをひっくり返してくれた。猫缶を飛ばしては床を汚しし、お風呂場を歩いた足で用を足しては、あちこちに足跡を残してくれた。

 たたんでいる洗濯物は踏んで行って蹴散らかし、夜は眠っている私のお腹を踏みながら「トイレに行くぞー」と雄叫びを上げて1階へと降りて言った。トイレから戻ってくれば「帰ってきたのに挨拶はないのかー!」と叫んだ。

 晩年、足腰が弱って排泄が一苦労になってからは、「うんちが出せないぞー!」と文句を言い、無事、排泄がすむと「うんちが出たぞー!」と大声で報告した。

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もし人間だけの生活なら

 いったい何度「人間だけで暮らしていたら、どれだけゆっくり眠れるだろう」と考えたかわからない。世話する相手がいなければ、たくさんの自由な時間ができて、掃除や家事もどれだけ楽になるだろうと想像したか分からない。
 
 汚れもつかないし、毛も飛ばない。猫砂が足にくっついて不快に思うこともない。きっと快適な生活が送れるだろう、と。
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このブログは「ミーちゃんを探して」を2017年2月20日にリニューアルしました。
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さいたま市岩槻区で地域猫として住民に愛されていた三毛猫の「ミーちゃん」。 このブログはまず、2008年に行方不明になったミーちゃんの情報収集のためにつくられました。 […続きを読む
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