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ケフィ、虹の橋のたもとへ(1)

桜の季節によく散歩をした河川敷で(1月1日) 1月4日午前10時。ずっと私の天使だったケフィが、ほんとうに天使になって虹の橋のたもとへと旅立った。

 機関車のような激しい呼吸発作の代わりに年末くらいから深呼吸のような息づかいをするようになっていたケフィ。前日3日に胸水除去&点滴に行ったときには「呼吸がさらに深くなったら・・・ちょっと厳しい」(獣医師)と言われていた。

 ところが4日の明け方3時くらいから、息づかいがさらに深くなった。さらに20~30分おきに吐くそぶりを繰り返した。水を飲ませても改善する様子は無く、逆にえづいてしまう。

 夜間救急の受付は3時までなのですでに終わっている。私は「ケフィ、苦しい?」「ずっと一緒にいるから大丈夫」「安心して」と、繰り返し声をかけながら、抱きしめたりさすったりを繰り返した。
 おむつには大量のおしっこ。えづいた勢いで出たのか?

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かかりつけ病院に電話

食べられないのに離さない! 食いしん坊は健在(1 月1日) その後、症状が落ち着いたのだと思う。いつの間にか私も眠ってしまい、再びえづく音で目が覚めたときは8時20分だった。明け方、最後に時計を見たのは4時26分だったから、3時間くらいは二人とも眠っていたのではないかと思う。
 地元のかかりつけ病院に電話し状況を伝えると、対応した獣医師が言った。

「昨日のカルテによると眼振もあったようなんですが、今はどうですか? 眼振があってえづくような状態が続いて水分も取れないようなら来院していただいた方がいいとは思います。ただ動かすことで状態が急変することもあり得ます」

 電話を切って水を飲ませてみるとちゃんと飲んでくれた。少し落ち着いたようだったので、しばらく様子を見ることにした。


事態は急変
 
 それから約1時間後、事態は急変。激しくえづきはじめ、眼を見ると左右に揺れている。再度、動物病院に電話をして獣医看護師と話している最中、ケフィはのけぞったと思ったら、うなづくように2回、激しく首を振って動かなくなった。見開いた眼は、まったく焦点があっていない。
 私の脳裏に先代犬・りゅうや、でんすけの最期の瞬間が浮かんだ。

「今からすぐに病院に行きます!!」

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ケフィ、虹の橋のたもとへ(2)

かくれんぼしながら走り回った河川敷 車の後部座席に運び込む最中にも大量のおしっこをした。ぐったりとして動かない。
 運転している間、私は、怖くて後ろを振り返ることができなかった。いつもはくるんだブランケットが盛り上がったり沈んだりしていた。

「でも、今日は?」

 もしかしたらブランケットはまったく動いていないのかもしれない。そう思うと、怖くて振り返ることができず、ひたすら動物病院を目指した。

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幸せな最期

 正月明けの動物病院には患者がぎっしりだったが、優先的に診察をしてくれた。獣医師が車に乗り込み、聴診器を当て、心臓や呼吸を確認する。

「もう・・・心臓も止まっていますし、息もしていないですね。おそらく家を出るときには亡くなっていたと思います。残念ですけど時間も経ってますし、今からできることはちょっと無いかな、と思います」(獣医師)

 そして診察室へとケフィを運び、院長も来て確認。やはり診断は変わらなかった。院長はケフィの肝臓部分のしこりを触り、こう言った。

「この大きさの癌があって、ここまで生きたんだからケフィはうんとがんばった。もし今日、もっと早く病院に来ていても結果は同じだったでしょう。あっと言う間で苦しまなかったし、お家で家族に見守られていちばん楽で幸せな最期でした。この寒さだから1~2日は大丈夫です。処置をしてお返ししますので、お家で一緒に過ごしてあげてください」

最後のブラッシング

毎日のようにボール投げして遊んだ公園 家に戻り、ブラッシングをし、体をきれいに拭いた。いったい何千回、何万回、こうしてケフィの体をブラッシングをしたことだろう。これが最後のブラッシングになる。

 以前はふさふさだった黄金色の被毛は、ここ1年で毛が細り、うんと薄くなった。リンパ腫の影響もあってあちこちにハゲがあるし、老犬性のおできもたくさんできた。パンパスグラスのように立派だったしっぽの毛も抜け落ち、芯が透けて見えるほどみすぼらしくなった。

 どれもこれもケフィができるかぎりの力を振り絞って、それだけ長い間、私のそばにいてくれた証拠だ。

「こんな体になるまでずっとがんばってくれて、ありがとう。ケフィ」

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ケフィ、荼毘に付される

でんすけとの懐かしいツー ショット 1月6日の午後、1年少し前には一緒にでんすけを見送った霊園でケフィは荼毘に付された。

 顔の周りにたくさんのお花を飾った。お腹を空かせることがないように大好きなおやつやドッグフードも持たせたし、寂しくないようにとお気に入りのぬいぐるみを入れた。
 ひとりでも退屈しないよう、よくひとり遊びに使っていた「キュッキュッ」と鳴るおもちゃも入れたし、テニスボールも入れた。一緒にテニスコートを走り回ったときを思い出してもらえるように・・・。

 体には雨が降っても大丈夫なようにレインコートと寒さよけのブランケットをかけ、いちばん上にケフィがどこよりも好きで7年間も通い続けた南の島のビーチの写真を乗せた。それから海で「持ってこい」をしたときのボール。

 いちばん好きだったぬいぐるみと公園での「持ってこい」に使っていたボールは、どうするかさんざん迷ったが、形見として置いていってもらうことにした。残された者がケフィをしのぶために。

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満足そうな笑顔で

 最後に、死に水を取ってケフィの頭や顔を撫で、おでこにキスをした。私が大好きだった耳の上のつんつんとした毛を引っ張り、耳の下にある飾り毛を整えた。

 でんのときと同じように「起きないと、本当に焼かれちゃうよ」と声をかけたが、やっぱりケフィも目を覚ますことはなかった。いくら揺すっても、目線ひとつ動かさない。
 元気だったころと何一つ変わらぬ満足そうな笑顔で、お花やぬいぐるみに抱かれながら、南の島の写真と共にただ静かに横たわっていた。

お別れの準備なんかできていない

一番お気に入りのぬいぐるみと旅行に持ち歩いた ブランケット

 いつまでもケフィのそばを離れられない私に、霊園の方が「そろそろ、よろしいでしょうか?」と声をかけた。

「よろしいくなんかない!」

 私は心のなかで叫んだ。
「お別れの準備なんかぜんぜんできていない。ケフィを焼いたりしたくない。安らかに眠って欲しくなんかない。ずっとずっと、どんなかたちでもいいからそばにいて欲しい」
 そう、言いたかった。

 でも、それは叶わないことだ。ケフィの体はもう冷たく、固くなりはじめていた。いくら話しかけても揺すって、反応はなく、その瞳が私を見つめてくれることも、もうなかった。
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心からの「ありがとう」を

赤いリュックを背負ってさっそうと雪山をかける ケフィ「ケフィ・・・ありがとう」

 ケフィのおでこに自分のおでこをくっつけながら、お別れの言葉を告げた。これが形のあるケフィに触れる、本当に最後の機会になる。

 ブラッシングや体の手入れ。濡れた体を拭き上げたり、マッサージをしたり。体中をなでなでする「おはよう」のセレモニーや「行ってきます」のキスに「お帰りなさい」のハグ・・・。
 毎日毎日、1日中何度も何度も触れてきた。触れるたびに私も嬉しくなったり、慰められたり、心が晴れ晴れとしたり、気持ちをリセットしたり。ギリシャ語の名前通りたくさんの「元気」をくれたケフィ。
 
 そのケフィの体に、もう二度と触れることができないのだ。

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ケフィから離れると

 私がケフィから離れると、霊園の方が「では失礼します」と、ケフィが横たわっている台を焼き釜の中へと押し込んだ。
 とても正視することができず、眼を伏せた私の耳に「ガーッ」という台の滑る音と「ガチャン」というロック音、そして「ゴォォォッ」と炎が燃えさかる音。すぐに油を燃やす香りが漂ってきた。

 とてもいたたまれず、その場を離れた。控え室に腰を下ろしても、かすかに漂う煙と匂いのせいなのか胸が苦しくて息も吸えない。庭に出ても煙突が目に入って、涙ですべてがかすんでしまう。

16年間ありがとう

ラフティングボートで川下り 約1時間半で、ケフィはすっかり骨と灰になってしまった。直径10センチほどの楕円形の黒い塊があったので、「これは何ですか?」と尋ねると、「悪いところはこんなふうに残るんです」(霊園の方)とのこと。
 
 家族で「きっと肝臓だ!」と声をそろえた。

 肝臓がんが急激に成長することさえなかったら、ケフィはあともう少し、生きていてくれたんだろうか。
 いや、人生に「タラレバ」はない。院長先生が言ったように、「こんな大きながんがありながら、ここまでがんばってくれた」というべきなのだろう。

「ケフィがいたからこそ私の人生はあんなにも輝いていた。ケフィに出会えたからこそ、あんなにも楽しい毎日があった。16年間、ほんとうにありがとう! ケフィ」

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いくつもの「最後」

イルカさんと 初のご対面 ケフィが荼毘に付されるまでの2日間、いくつもの「最後」があった。

 ブラッシング、体をふくこと、耳のそうじ、目や口の周りをきれいにすること。ベッドを整えて、枕にケフィの頭を乗せること。抱っこ。どれもこれも、もう二度としてあげることはできない。

 それから最後の散歩。黄色いバギーに乗せ、ブランケットをかけ、家族でケフィに話しかけながら川沿いの道を歩いた。

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尽きないエピソード

「ほらケフィ。子犬の頃、『待て』をしてから『来い!』の練習をした所だよ」
「必死で走って来る姿がかわいかった」
「走ると耳がダンボみたいにぴょんぴょん跳ねるんだよね」

「この橋を渡るのが怖くて、嫌がったよね」

「ここでカラスの大群に出会うと大興奮してた」

「こっちへ曲がると、家まで近いと知っていてショートカットしようとしたよね」

 話は尽きない。どこを歩いていても、何を見ても、ケフィとのエピソードが次から次へと沸いてくる。
 16年間、当たり前のように続いていた出来事。これからもずっと続くと思っていた毎日。
 でも、今日で最後だ。

最後の添い寝

オットセイの動きと鳴き声に釘付け 2日間、夜はケフィの前足を握りながら眠った。北から南まで、いろいろなところを一緒に歩いたり、走ったり、泳いだりした足。お散歩のたびに拭いた足。握手をしたり、ハイタッチをした足。この足に触れるのも最後。
 
 そして、こうやって添い寝をするのも最後だ。

 いつもは自分の部屋に「ハウス」して、ひとりで寝ていたケフィ。旅行が好きだった理由のひとつは、ルールが緩むことを知っていたからかもしれない。

 旅先でも表向きは人間と寝ることは禁止していたので、電気が消えるまでケフィはちゃんと自分のブランケットの上で丸まっている。ところが暗くなった瞬間、「やった!」とばかりに人間の布団に乗ってきて、ぴったりと体をくっつけきた。
「今日は旅行だから、特別だよ」と、気づかないふりをするのが人間側のルールだった。

「急に電気を点けたらあわててベッドから飛び降りたこともあったよね」(私)
 
 宿に着くと、尻尾をふりふりしながら入念に間取りチェックと探索。自分のブランケットに頭をこすりつけて前足で掘り、「嬉しい! 嬉しい!」と全身で表現していたケフィ。 
 そんな思い出のブランケットにくるまったケフィと眠るのも、これで最後だ。

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うちのコの印に・・・

マングローブの森でカヤックを先導 まるで長期入院していた家族(人間)の退院を待っていたかのように、その2日後の夜(11月2日)に倒れ、家族の正月休みが終わる1月4日に虹の橋を渡ってしまったケフィ。

 仕事が始まったら介護サロンを利用するか、シッターさんに来てもらうか、それとも毎日、病院に預けるか。そんな話合いを繰り返していた家族の負担を考え、まるで「もういいよ。もう十分だよ」とでも言いたげに、あっという間に逝ってしまった。

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言葉が見つからない

 高度医療病院の主治医やトリミングルームの方たち、一緒に旅行したり、遊んでくれた親戚や友人たち。ケフィの病気を心配してくれた人たち。

 そうした人たちに「早く伝えなければ」と思いつつ、初七日過ぎまでどうしてもできなかった。いったいなんて言えばいいのか分からなかった。

「ケフィは永眠しました」
「ケフィは亡くなりました」
「ケフィは天使になりました」

 どの表現も正しい気もするし、どれも違うような気がする。言葉にしてしまったら、「ケフィの体は、もうここにはないんだ」ということが事実になってしまう気がする。

たくさんのお花やお菓子

先逝く仲間 とお花やお菓子に囲まれたケフィ そうこうしている間にも、最期の確認をしていただいたかかりつけ病院や、お正月明けに電話をくださったかつての高度医療病院の主治医。このブログを読んでくれた友人・知人、家族の知り合いなどから、お花やお菓子、慰めの言葉などが次々と届いた。

 つくづくケフィはたくさんの人に愛されていたんだと思う。おかげで先代犬・りゅうやでんすけ、愛馬・あさリンの写真やお骨がある仏壇は、今までにないほど華やかになった。


しっぽの先をカット

 仏壇には、最後のブラッシングのとき「うちのコの印に」と、ちょっとだけカットさせてもらったしっぽの毛も小箱に入れて置いていある。

 10匹姉妹で生まれたケフィには、1日違いで産まれた8匹のいとこがいた。その18匹のなかで、私が手を叩き「おいで」と呼ぶと、迷わず寄ってきた子犬がケフィだった。後にケフィとなる子犬を抱き上げ、ブリーダーさんが言った。

「お渡しするとき他のコと間違えないよう、目印にしっぽの先を少しカットしますね」

 そのせいなのか成犬になってもケフィのしっぽの先は、いつも丸みを帯びていた。
 最期のお別れの前にもしっぽの先をカットしたケフィ。

「ケフィはこれからも永遠に、うちのコだよ」
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初七日を過ぎて

スノーモービルで凍った湖の上を疾走! 初七日を過ぎた頃から、お世話になった人たちにぼちぼちと電話をし始めた。みんな一様に「あっという間で」と驚く。高度医療病院の主治医は、こう言った。

「最後が・・・本当に早かったですね。肝臓に腫瘍が見つかってから1月弱でしたから。でも逆に言うと11月はじめまで旅行したり、ぎりぎりまで家族と楽しく過ごせて幸せでしたね」

 トリミングルームの店長さんは、いつも通りシャンプーの予約電話だと思ったという。

「しばらくお電話が無いのでスタッフと『具合が悪いのかなぁ』とは話していましたが・・・まさか・・・。『1年以上、寝たきりで介護』というワンちゃんもいます。長く寝たきりだったり、苦しんだりすることがなかったのは何よりでした」(店長さん)

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信じられない早さで

 ずっと付き添っていた私でさえ信じられない早さで逝ってしまったのだから、当然の反応だ。

 11月2日に旅行先で夜間救急を受けて以来、検査や点滴、胸水除去で2~3日に一回は動物病院に行くようになったケフィ。

 11月半ば過ぎから下痢が始まり、食欲が落ちた。それでもリードを首に付けると自分から立ち上がることもできた。なのに12月10日には機関車のような呼吸発作と後ろ足の衰えから、寝たきりになった。

 12月23日の夜間救急後は、激しい呼吸発作は無くなったが深い呼吸が始まり、下痢が止まって一度は盛り返した食欲がガクンと落ちた。胸水を抜いて点滴をした日は、多少、固形物を食べてくれたものの、すぐに「もういい」と首を振ってしまう。ヤギミルクや高カロリーの流動食で命をつないだ。

しだいにまどろみの中に

バギーでのお散歩から戻って倒れ込むように眠る その頃から一日ほぼ眠って過ごすようになった。バギーで連れ出しても首すら上げない。話しかけたり、ガタゴト道を通ったりすると、うっすらと目を開けるだけになった。

 誕生日前日の12月24日からは血尿が始まり、29日にはおしっこが出なくなって夜間救急へ。31日には膀胱炎と分かり、長年キープしてきた23キログラム台の体重が22キログラム台になって痩せ始めた。

 大晦日の頃には、呼びかけても反応がなくなり「熟睡」というより「行き倒れ」のようになって、まどろみの中で過ごすようになった。それでも1月2日の午前中までは、体を起こしてあげれば自分で水を飲めた。が、同日夕方には注入器で飲ませるほどに衰えた。

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孝行娘

ご機嫌に雪を掘り進めるケフィ 11月半ば以降、私はプライベートの用事はすべて断った。仕事の時間も極力減らし、なるべくケフィと一緒にいられるようにした。

 たくさんの人から「大型犬の介護は大変でしょう」と言われた。確かにケフィを抱き上げたり、起こしたりするので手や腰、背中などが痛むようになった。睡眠はおろか、食事の時間も確保できない日があった。

 だけど大変かどうかなんて考える余裕すらなかった気がする。日に日に増していくケフィの衰えを少しでも食い止めようと、流れ出ていく生命力をつなぎ止めようと、とにかく必死だった。

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やれることは何でも

 ネットサーフィンをして「がんに効く」というサプリメントや免疫力を上げるというプロポリスなどを探した。Amazonプライム会員になって良さそうなものはすぐに取り寄せた。ドラッグストアやスーパーを回って食べてくれそうな物を買いあさり、おからやお米、お肉やドッグフードなどをミキサーにかけ、流動食やパンケーキなどを手作りした。

 バギーで散歩に連れ出してできるだけ刺激を与えたり、気分転換させたりした。薬やごはんをあげたり、水のタイミングを考えたり、トイレの時間をはかったりした。体をきれいにしてマッサージしたり、声をかけたりしながら、微妙な変化を見逃さないよう、いつも神経をとがらせてきた。

できることなら

 できることならもう少し「大変だ」と思わせて欲しかった。痛めた腕が動かなくなったり、睡眠不足で倒れたりして、「もう限界だ」と思うまで。私が「もうこれ以上は無理だ」と諦められるまで負担をかけて欲しかった。「こんなに苦労をかけて」と、少しくらい恨めしく思わせて欲しかった。

 これは自分勝手な私の欲なんだと分かってる。みんなが言うとおり、ケフィは本当にいちばんいいかたちで最期を迎えたのだと思う。

 だけど私は、たとえバギーに乗った状態でも、もっとケフィとお散歩がしたかった。たとえ固形物を食べてくれなくても、「おいしい流動食をつくるね!」とチャレンジする機会が欲しかった。もっともっと水を飲ませたり、おむつを替えたり、体を拭いたり、世話をしてあげたかった。
 弱っていくケフィを見るのは辛かったけれど、もう少し長く一緒にいたかった。

「橋のたもとで待ってるね」

ケフィと仲良しだったでんすけ なのにケフィは、本当にあっという間に、あっさりと、私に何の苦労もかけてくれないまま虹の橋を渡ってしまった。

 きっと元気なときと同じ軽快な足取りだったことだろう。向かい風に鼻をひくひくさせながら。耳をぴょんぴょんと弾ませて。丸みを帯びたしっぽとお尻をふりふりしながら。いつも通りのご機嫌な笑顔で「橋の向こうに着いたら、でんと会えるのかな」と、わくわくしながら。
 そして、ときおり後ろを振り返って私の姿を確認しながら、渡って行ったんだろう。

「先に行くよ。橋の向こう側で待ってるね」と。

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ぽっかり

はしゃぎすぎて フェイドアウト

 ケフィが我が家に来てからは憧れつつもできずにいた朝寝坊が、いまでは好きなだけできるようになった。新聞を読みながらのコーヒータイムも取れるし、出勤前にすることも減った。
 ケフィの散歩やトイレを気にすることもないから、電車の乗り継ぎで猛ダッシュして飛ぶように帰宅する必要もない。夜も早々に自分の部屋で大の字になってぐっすり眠れる。

 食事会や飲み会、気晴らしにも、いつでも出かけられる。人間だけなら着物で歌舞伎を見に行ったり、こじゃれたレストランにも行ける。落ち着いた趣の温泉旅館に泊まったり、海外旅行だって計画できる。

ぽっかりと空いた「時間」

 なのに、何をしたらいいのか分からない。時間をどう使ったらいいのか見当もつかない。朝寝坊も、のんびりのコーヒータイムもやってみたけど、ぜんぜん楽しくない。

 乗り継ぎダッシュの途中に横目で見ていたはずのバーゲンセールも、まったく興味を引かれない。きれいな洋服も、素敵なレストランも、見たかったはずのお芝居も、みんなみんな色あせてしまった。

ぽっかりと空いた「予定」

気球にも乗りました(遠すぎてケフィの姿が見えないけど) スケジュール帳も真っ白だ。

 例年、年末に手帳を新調すると「ここで夏の大型連休を取るぞ!」とか「ここはお花見」「この頃は初夏の川遊び」「ここらへんで紅葉を見ながらトレッキングかな」などなど、次々とケフィとお出かけの予定を立てた。
 それらを最優先にしてほかの予定を詰めていくので、自然と年間スケジュールも決まっていった。

 なのに今年の手帳には何も書き込めない。いつ、どこへ行ったらいいのか、やりたいことが何なのかさえも分からない。

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ぽっかりと空いた「空間」

 部屋からケフィのベッドやブランケットが無くなり、あちこちに転がっていたおもちゃやぬいぐるみも姿を消した。ケフィの部屋から介護グッズが撤去されて、キッチンにあった薬一式も無くなった。玄関を占拠してた黄色いバギーも返却された。

 窓から眺めると、ケフィが駆け回っていた公園までもが広々としたような気がする。

ぽっかりと空いた「手」

 重い体を抱っこする必要も、リードを握る必要も、介護ベストを持つ必要も無くなった。流動食をつくったり、ゴハンや水を与えたり、おむつを替える必要もない。
 16年間、この手で世話をし、抱きしめてきた温かいぬくもりが消えたのだ。

「ぽっかり」がいくつか溜まると、心が「からっぽ」になるのだと知った。
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からっぽ

「ボール見つけた!」。走れ! 走れ! どこにいても、何を見ても、何をしていても、ケフィのことばかり浮かぶ。

 朝起きると私のひざに顔をうずめて全身で「おはよう」の挨拶をしてきたケフィを思い出す。身支度をしていれば、その様子をじーっと見つめていたケフィの瞳が鏡に映る気がする。

 私の服装から「一緒に行ける」か「せがめば連れて行ってもらえる」か「絶対無理」かを判断していたケフィ。仕事に行く格好と判断すると、しょんぼりして自らハウスし、「どうせ行っちゃうんでしょ」と上目遣いに見つめていた。
 そんな様子が愛おしくて、置いて行くことが忍びなくて、「すぐに帰ってくるよ!」「早く会いたいから、ピューって急いで帰ってくるよ」と抱きしめたものだ。

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家にいれば

破壊大魔王。段ボールをつぶすお手伝いのつもり? 料理をすれば、背後に「何かちょうだい」と言いたげなケフィが立っている気がするから、パスタやうどんを茹でれば「ケフィの分も」と一瞬、考えてしまう。手巻きをすれば「ケフィにも海苔巻きを」と思ってしまう。
 食事をしているとテーブルの下で「何か落ちてこないかなぁ」と見つめている気がする。

 帰宅してドアを開けたら、ぬいぐるみやおもちゃをくわえながら、耳を倒して、ちぎれんばかりにしっぽを振って「何十年ぶりの再会!」との勢いで迎えてくれたあの笑顔にまた会えるような気がしてしまう。


外出先でも

 外出先でも思い出すことばかりだ。

 駅にある旅行パンフを見れば「ケフィと行ったところだ」と思ってしまうし、観光地の広告を見ては「ケフィが好きそう」と独りごち、はっとする。
雨が降ればレインコート姿のケフィが見える気がするし、車に乗れば「今日はどこへ行くの?」と身を乗り出すケフィの気配を感じてしまう。

 職場でお弁当を食べていると「ケフィの分」をとっておこうとしてしまう。帰宅するとバッグに顔を突っ込んで「お弁当の残りは!」とはしゃいでいた。ケフィが喜ぶから、必ず一口分残して帰るのが決まりだった。

ケフィがたくさん詰まっていた

「心にぽっかり穴が開く、という表現は、あながち大げさではないのだなぁと、その時初めて気づきました」という、みーちゃんさんのコメントが心に染みる

 ぽっかりと穴が空き、からっぽになった心。こういうのを喪失感と呼ぶのだろうか。今さらながら、私の心にはケフィがたくさん詰まっていたのだと思う。
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このブログは「ミーちゃんを探して」を2017年2月20日にリニューアルしました。
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さいたま市岩槻区で地域猫として住民に愛されていた三毛猫の「ミーちゃん」。 このブログはまず、2008年に行方不明になったミーちゃんの情報収集のためにつくられました。 […続きを読む
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