ホームにもどる

猫に気やすく名前をつけてはいけない

木の上のたま クロがいなくなって1月以上が過ぎた。
 美容室の周辺でクロが話題になることはだいぶ減った。
 それでも「いったいどこに行っちゃったんだろうねぇ」と、みんな気にしている。

クリックで拡大

『のりたまと煙突』

「猫に気やすく名前をつけてはいけない」

 その教訓を教えてくれたのは、写真家で作家の星野博美さんだった。
 星野さんは、『のりたまと煙突』(文藝春秋)で、新居に勝手に侵入してくる野良猫のうち、白い猫を「しろねこ」、野良猫を「のらねこ」と一般名詞で呼び続けたという“抵抗”について次のように書いている。

「名前を付けるとしたら、白猫は『しろ』、野良猫は『のら』になるだろうことはわかっていた。が、私はかたくなに彼らを一般名詞で呼び続けた。猫に取り込まれたくないという必死の抵抗をしていたのだ」(16ページ)

たとえ単純な名前でも

 確かにその通り!
 この本を読んで以来、私はどこかで偶然遭遇した猫に名前をつけるのを止めた。いったん名前を付けてしまったら、そのコは“特別なコ”になってしまう。それは本を読む前から経験上知ってはいた。
 
「みぃみぃ」と鳴く子猫だから「みぃちゃん」。三毛猫だから「ミケ」。そんな単純な名前であっても、一度名をつけてしまうと愛着は倍増し、心配する気持ちはさらにふくらむ。

 だからミーちゃんのブログで、どうしても個体識別が必要な場合は「白茶猫」とか「泥棒柄のコ」など、名前にはならないよう工夫した。

クロも“特別なコ”に

 今回のクロは、私が名前を付けたわけではなかった。美容室周辺で、だれが付けたのかいつの間にかクロは「クロ」と呼ばれ、周知の事実になった。すでに事実になってしまっていたので、私も抵抗できず、彼女を「クロ」と呼ぶようになった。
「やばいなぁ」とは思いながら。

 今後、「クロ」という名(言葉?)に遭遇するたびに、私はシャンプー用の椅子が大好きで、おにぎりをくわえて走り回る食いしん坊なクロを思い浮かべずにはいられないだろう。
 わが家のタマ(写真)の散歩をしながら、星空を見上げるたびに、ミーちゃんと同じようにクロへも思いを馳せずにはいられないだろう。

 猫に気やすく名前をつけてはいけないのだ。
にほんブログ村 猫ブログ 地域猫へにほんブログ村 猫ブログ MIX三毛猫へ

生まれ変わるなら猫?(1)

子猫『朝日新聞 be』(2012年8月4日版)に、「生まれ変わりたい動物」のランキングが載っていた。
 ベスト5から紹介すると、5位がツバメ、4位がワシ、3位が犬で2位がイルカ。そして1位は猫だった。

 記事の中で日本動物科学研究所の所長さんが、この結果を「自由になりたい」「かわいがられたい」「君臨したい」の3パターンに分類し、次のように分析していた。

「本当の自由がない、周りが自分を大事にしてくれない、という不満の表れでしょう」

クリックで拡大

不満が多くても平和?
 
 なるほどな。分かる、分かる、とあいづちを打ちつつ読み進むと、それに続く文章にちょっと引っかかった
「強い動物があまり上位にいないのは、世の中が平和だから、とも」と書いてあったのだ。

「本当の自由がない、周りが自分を大事にしてくれないという不満が多い社会って、平和と言っていいんだろうか?」
 そんな疑問が首をもたげた。

家猫はヤマネコになりたいか

 さらに読み進むと、猫が1位の理由を「自分は自分、というのがしっかりしているからでは。人間は他人と張り合ったり、うらやんだりするから」として、さらに飼い猫についてこんなふうに書いてあった。

「飼い猫は苦労していますよ。ふらっと外にも行けないし、ストレスのかたまり。家猫に尋ねたら、『ヤマネコになりたい』という答えが圧倒的でしょう」。

 さらに引っかかった。
にほんブログ村 猫ブログ 地域猫へにほんブログ村 猫ブログ MIX三毛猫へ

生まれ変わるなら猫?(2)

 記事によると、生まれ変わったらなりたい動物に猫を選んだ理由を尋ねたところ、「かわいい」のほか、「自由気まま」「群れない」「いつも寝ている」など、猫の習性をうらやむ声が多かったという。

 それらを読んで前回、紹介した所長さんの意見同様、「そうかなぁ???」と思ってしまった。もしかしたら、「生まれ変わりたい動物」に猫を選んだ人の多くがあんまり猫と接した経験がないんじゃなかろうか。

猫はひとりは嫌い

でん 確かに猫同士は群れない。生粋の野良猫の場合、人にも懐かない。
 でも、人間と少しでも接したことのある猫は、いつだって、何をしていたって人間のそばにいたがる。人の体温を感じていたくて仕方が無いのだ。

 この暑いのに、でんすけ(写真)は相変わらず私の布団で、身体の一部を私にくっつけながら眠る。明け方にトイレに行く時と帰ってきたときには必ず「ぎゃぉーん」と声をかけ、私が「行ってらっしゃい」とか「お帰り」と返事するまで鳴き続ける。 

 たまは毎夜、私と散歩するのを楽しみに待っているし、私が家にいるといつでも「デッキに出てこい!」と呼ぶ。デッキで食事をしていると、嬉しそうに私のひざやテーブルに乗っては降り、その周辺をぐるぐるしている。

 人間が数日留守にしたら二匹は大変だ。食欲が落ちてやせてしまったり、逆に食欲過多になって太ったこともある。帰宅してからほぼ半日は「がぉー」「わぉー」とさんざっぱら小言を言う。

絶えず私のことを気にしている

 でんもたまも、「自由気まま」に「だれとも群れず」に暮らしているというよりも、絶えず人間(私)のことを気にして生活している。私との距離や、関係をはかりながら、自分の行動を決めている。

 今まで拾って里子に出した猫たちもみんなそうだった。
にほんブログ村 猫ブログ 地域猫へにほんブログ村 猫ブログ MIX三毛猫へ

生まれ変わるなら猫?(3)

猫ちゃん 数日間、美容室が休みで、安心して眠る場所がなかったときのミーちゃんの顔はいつもきつくなっていた。

 人を見るとすぐに逃げ出す生粋の野良猫は、いつでも臨戦態勢だ。眠っているように見えても、けっして熟睡などしていない。
「心休まるときが無いんだろうなぁ」と思う。

 ひとりぼっちの外での生活は、猫にとってはとっても大変なはずだ。どう考えても家猫がヤマネコになりたいと思っているとは思えない。

クリックで拡大

勝手なのは居場所があるから

 ふらっと出て行ってしまったり、呼んでもやってこなかったり、確かに猫はある意味、自分勝手だ。
 でも、そのワガママぶり、その自由な振る舞いは、信頼できる人間がいて、帰ってくる場所があって、はじめて成立するものなのではないかと思う。

 日向ぼっこをする姿や、涼風に吹かれた猫があんなにも平和そうに見えるのは、「自分はここにいてもいいんだ」という居場所があることを確信できているからなのではないかと思う。

 所長さんの言うように、もし、猫が他人におもねらず、「自分は自分」というしっかりしたものを持っているんだとしたら、それは、猫をそのままんまで受け止めてくれるだれかがいるからだ。

 猫も人も一緒。自由に平和に生きて行けるためには、安心できる人との関係が必要なのだと思う。
 たったひとりで自分を守るために戦い続けねばならないヤマネコ(野良猫)には、そんな居場所はない。

 それでも生まれ変わるなら猫?
にほんブログ村 猫ブログ 地域猫へにほんブログ村 猫ブログ MIX三毛猫へ
ブログリニューアル
このブログは「ミーちゃんを探して」を2017年2月20日にリニューアルしました。
ブログについて
さいたま市岩槻区で地域猫として住民に愛されていた三毛猫の「ミーちゃん」。 このブログはまず、2008年に行方不明になったミーちゃんの情報収集のためにつくられました。 […続きを読む
プロフィール
カテゴリ
本 (8)
RSSリンクの表示
迷子のミーちゃん
迷子のミーちゃん表紙
先生と迷い猫
先生と迷い猫
ブログランキング
にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病記(永眠)へ
にほんブログ村 猫ブログ 地域猫へ
にほんブログ村 猫ブログ MIX三毛猫へ
月別アーカイブ
07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  10 
検索フォーム
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新トラックバック
カウンター
最新記事
ページへ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
QRコード
QRコード