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命の意味(2)

 ケフィやでんすけとの別れも辛かった。少しずつ、でも確実に弱っていく姿を見るのは忍びなかったし、後半は「今日何かが起こるのではないか」といつもおびえていた。病院に預けていることも多かったから、携帯電話が鳴るたびに心臓がばくばくした。

 遠くない未来、当たり前のように続いてきた毎日が終わり、「愛する者を失うのだ」と知りながら暮らすのは本当に怖かった。ふたりが天使になったときには、「これで人生が終わる」と思うほど悲しかった。

 でも、ケフィやでんには「できる限りのことをしてあげられた」という思いがあった。ふたりには「もう一度、生まれ変わってもここの家のコになるよ」と言ってもらえる自信があった。もちろん、もっとたくさんかわいがってあげたかったし、同じ時を過ごしたかった。それでもどこかに愛しきったというか、やりきったというか、ある意味の達成感のようなものがあった。

せめて天国で

デッキにちょくちょく現れ始めた頃のタリ。いつも家の中をの ぞいていた。 だけどタリには、「何もかもがこれからだった」という気持ちだ。

 タリが現れたとき、私の心は最愛の猫・でんすけを失った喪失感と食欲が落ちはじめたケフィへの心配でいっぱいだった。タリが来てすぐケフィが心臓の膜に水が貯まる心タンポナーデで生死の境をさまよい、奇跡的な回復を喜んだのもつかの間。リンパ種が発見された。ケフィの世話に没頭することで、でんを失った穴を埋めていた。

 そんななかでいったい私はどれだけタリと向き合ってあげただろう。「そのうち」「いつか」と先延ばしにしてはいなかっただろうか。「まだまだタリとの時間はたっぷりある」と甘く考えてはいなかったか。
 事故の前日に新しくした敷物に一晩しか眠れなかったタリ。冬場、家に入りたいのになかなか入れず、窓から顔だけのぞかせていたタリ。私が外に出ると嬉しそうにスリスリしてきたタリ。抱き上げてひざに乗せると目を細めていたタリ。これからうんと、かわいがられて、幸せに生きられるはずだったタリ。

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人間が正座したときはひざの間にはまるのが好きだった。

 タリを荼毘に付すときには、私が着古したTシャツでくるんだ。実は抱っこが大好きで、甘えん坊だったタリが、「ずっと抱っこされている」と思えるように。せめて猫たちの天国で「幸せだなぁ」と思ってもらえるよう。

ずっと考えていること
 
 タリはなんのために生まれ、どうして私と出会ったのだろう。私に何を教えようとしてこんなにも生き急いでしまったのだろう。タリが私の人生に与えてくれた意味は何だったのか。
 タリを失ってから、ずっと考えている。
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このブログは「ミーちゃんを探して」を2017年2月20日にリニューアルしました。
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さいたま市岩槻区で地域猫として住民に愛されていた三毛猫の「ミーちゃん」。 このブログはまず、2008年に行方不明になったミーちゃんの情報収集のためにつくられました。 […続きを読む
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