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今も不在を数えて・・・

初めて訪れた南の島の海を堪能するケフィ 最近、ペットロスの体験を聞く機会があった。

「自分だけが深い海の底に沈んでいる感じ」
「自分だけが砂漠に取り残されている感じ」
「人と会うことが怖くて仕方ない感じ」

 話しを聞いていたら、そんなふうなケフィを失った直後の感覚が鮮明によみがえってきた。

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不在を数えてばかり

 去年の春ほど、辛い春はかつて無かった気がする。毎年、春になると命の息吹を感じたのに、きらきらと輝く命をあちこちで発見できたのに、でんすけとケフィを見送った後の春は、その生命力ゆえに私から遠い世界のように思えた。

 公園が緑に染まっても、桜が満開になっても、暖かな日差しが地面を照らしても、何一つ美しくは見えず、まるでこの世から色が消えてしまったように感じた。

 去年の今頃は、ケフィの不在を数えてばかりいた。

もうすぐタリの命日

まだ元気だった頃のでんすけ。まだ10歳くらい? 思い返せば、「今年も桜を見に行かなかったなぁ」と思う。電車や車の中から、通り過ぎる景色としての桜を見かけたくらいだった。そして見かけるたびに、今年もケフィと一緒に歩いた河川敷の桜並木を思い浮かべた。

 ケフィがいなくなったことで、無くしてしまった私の時間や、私の生活を思った。そうして「やっぱり私は、今もケフィの不在を数えているんだ」と涙ぐんだ。

 ペットロスの体験談を聞いた後は、その感覚が増した気がする。電車のなかでも涙があふれてしまったり、ケフィの夢を見たりすることが増えた。そしてケフィとずっと一緒にいたでんすけや最初からケフィと仲良しだったタリのことを思い出しては、また泣いた。

 あと何年かするとこんな感覚は持たなくなるんだろうか。

 もうすぐタリの命日が来る。

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コメント

Secret

No title

そうですよね。ずっと形を変えて心の中にあるからこそ、その子は私のなかでずっと生き続けるんですよね。
でも、寂しいですね。

No title

悲しみは時間が癒してくれても、
寂しさはきっとその分募っていくものだと思います。

私も最初の子を突然なくした時には、喪失感がものすごかったです。
自分だけが置いていかれたような、
ひとりぼっちになってしまったような孤独感を、ずっとずっと感じていました。

大切な我が子を想い、涙してしまう感覚は、
きっとずっと、形を変えて心の中にあり続けるのではないかなぁ、と思います。
決してそれは悪いことではなく、それだけ大切に想い、愛していたということなんだと思います。
ブログリニューアル
このブログは「ミーちゃんを探して」を2017年2月20日にリニューアルしました。
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さいたま市岩槻区で地域猫として住民に愛されていた三毛猫の「ミーちゃん」。 このブログはまず、2008年に行方不明になったミーちゃんの情報収集のためにつくられました。 […続きを読む
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