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不意打ち

大好きな海に浸かって満面の 笑み 早いもので、もうすぐ四九日。ケフィが天使になってから、もう1月以上がたったのだ。

 ケフィがいないこの世にも変わらず朝が来て、同じように一日が始まる。だれもが今まで通り生活している。ケフィの笑顔が消えてしまっても何ひとつ変わりはしない。
 もうケフィはいないのに、この世はケフィを失ったのに。そんなことはお構いなしに日は昇り、時間は過ぎ、みんな生きていく。

 私自身もそうだ。ケフィがいたときと同じように朝起きてご飯を食べ、仕事をし、家事をこなして布団に入る。

 ぼんやりしたり、嫌な夢を見たりすることはあるけれど。夜中に目が覚めて眠れなくなることはあるけれど。それでも時間になれば起き上がり、人に会えば笑顔で挨拶する。冗談を言ったり、笑ったりしながら、毎日を過ごしていく。ケフィのことを尋ねられれば「亡くなったんです」とさらっと答えて。

「からっぽの心」など、存在しないかのように。

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油断していると

 ・・・そんなふうに油断していると、ときどき「不意打ち」に遭う。

 たとえばスーパーに猫のゴハンを買いに行ったとき。猫コーナーの向かい側にある犬コーナーが目に入ったとたん、突然、涙があふれ出した。想定外のことに驚く自分、涙が止まらず嗚咽の声を漏らす自分をどうしたらいいのか分からず、慌てて店を飛び出した。

 肉まんを食べたときもそうだ。「亡くなる直前、ケフィの口元に運ぶと思いがけず食べてくれたのもこの肉まんだった」との記憶が甦り、呼吸困難になった。ケフィの好物だったヨーグルトが空になれば、ヨーグルト容器を両手で押さえ顔を突っ込んでなめていたケフィの姿が浮かんで涙が止まらない。

なんでも無いものが

どんなときもびったりと寄り添ってくれていたケフィ 久々に着る服にケフィの毛を見つけると熱いものがこみ上げてくるし、「うんち袋に重宝だから」と貯めていたレジ袋を整理すれば胸が詰まる。

 レジ袋だけではない。散歩用のタオル、着古したダウンコート、冬山用のフリース、トレッキングシューズ、軍手、つばの広い帽子・・・。

 どこにでもある、何でもないはずの物やことが、私に「不意打ち」をくらわせ、ノックダウンさせる。

 本当に私の人生にはケフィがたくさん詰まっていた。

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充電不足

 1年ちょっと前にパートナーを事故で亡くした友人が言った。
「元気は、元気なんだよ。とくに何の問題も無く、ちゃんと毎日生活してる。だけど、なんていうのかな。ただなんか・・・やる気が出ないんだよ」

 今の私には友人の気持ちがよく分かる。

離人感

ケーキをがん見! 何をしていても、何を見ていても心が躍ることがない。自分が現実の世界に参加している感じが薄い。ワクワクしたり、どきどきしたりすることがない。「やってみよう!」という気になれない。

 毎朝、窓を開けるたびに「ケフィがいなくなってもやっぱり地球は回ってるんだ」という寂しさに襲われる。すべての出来事が自分を素通りし、膜の向こうで繰り広げられているような気がしてしまう。自分だけが置いてけぼりをくらっているような、世の中から「浮いている」ような、距離を感じる。

 毎日の生活はできているのに。仕事もちゃんとしているのに。周りに人もいるのに。人に囲まれながらも自分が「ひとりぽっち」な気がする。いや、たくさんの人に囲まれていればいるほど「自分はひとりだ」とより強く感じてしまう。


ケフィがくれたもの

昨年5月にはまだ自分から海に入るほど元 気だった 考えてみれば、当たり前のことかもしれない。

 この16年間、私に元気をくれたのはケフィだった。悲しいことや辛いことがあってもケフィをぎゅうっと抱きしめれば、忘れられた。嫌なことがあった1日もケフィの笑顔が帳消しにしてくれた。うまくいかないことや情けない自分に嫌気がさすことが続いても「自分はここにいていいんだ」と思わせてくれたのはケフィだった。

 そうやってケフィはいつでも私にエネルギーを与えてくれた。いつでもただ「私がいる」ことで大喜びし、私がただ「私である」ことを大歓迎してくれるケフィが、私のやる気をつくりだしてくれていた。
 私はそんなケフィからエネルギーをもらい、「ここにいる感覚」(現実感)を受け取っていたのだと思う。

 ケフィを失った今、エネルギーチャージがうまくできない。充電不足な毎日だ。

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夢の話(1)

いつもお尻をくっつけてお互いを確認していたでんとケフィ

 最近、ふと思う。

「もしかしたら、でんやケフィがこの世に存在したこと自体が夢だったんじゃないか」と。

 夜になると布団にもぐりこんでくるでんすけがいて、朝起きると抱きついてくるケフィがいた。毎日、日だまりを追いかけながら昼寝するでんすけがいて、どこまでも一緒に歩き続けるケフィがいた。

 ひざの上にでんの重みを感じながら仕事をしたり、私がちょっと移動するたびについて回るケフィに話しかけながら過ごした。いつでも足下に愛する者のぬくもりを感じ、ほおずりしたり、抱きしめたりした。

 でんすけの元気な声が家中に響き、ケフィの笑顔が家族を照らしていた。ふたりが仲良くお尻をくっつけながらリビングでお昼寝したり、おいかけっこをしていた。

長い夢?

でんすけの分とペアで届いた人形たち そんな日々は実はぜーんぶ夢で、「私は長い長い長い幸せな眠りのなかにいたのではないのか」と思ったりする。

 もしそうだとしたら私は何も悲しむ必要は無い。あれが夢の中での出来事だったとしたら。もうため息をつく必要もない。私はなにひとつ失っていないのだから。

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間違いなく存在した

豪華なカサブランカの花 束も だけど家の中には確かにいくつもケフィがひっかいた痕が残っている。障子にはでんすけがたてた爪痕もはっきりとある。布団や服、靴の中からふたりの毛が出て来ることがあるし、今までに見送ったコたちとの写真に並んでふたりの写真があちこちに置かれている。

 今もでんやケフィを悼む花や思い出の写真集、人形などの贈り物が届くし、それらは骨壺のすぐそばに飾られている。

 やっぱりふたりは間違いなくこの世に存在した。長い間、一緒に時を刻み、私にたくさんの笑顔や幸せな時間をくれて、心の支えとなってくれた。
 そうしてほんとうに数え切れないほどの思い出を置いて、虹の橋へと旅立って行ったのだ。

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夢の話(2)

 橋を渡った動物たちはどこでどんなふうに暮らすのか。友人が2冊の絵本を送ってくれた。『虹の橋―Rainbow Bridge』(佼成出版社)と『ねこたちのてんごく』(ひさかたチャイルド )だ。

 どちらの本も「死後も犬や猫はとてもとてもとても幸せに暮らしながら、『かわいがってくれた人』のことを思っている」という。「いつかまた必ず一緒に暮らすことができる」(『虹の橋』)し、人間が知らないうちに「大好きだった人たちの様子を静かに見ていることもある」(『ねこたちのてんごく』)という。

毛皮を着替えて会いに来てる?

いちばん最初にタリを見かけたときもこのシチュエーシ ョンだった もし、そのとおりなら私はまたきっとふたりに会える。ふたりだけでなく、今までに見送ったかけがえのない命たちと、また共に暮らせるのだ。
 そしてでんはときどき我が家を訪ね私の様子をそっと見ていることがあるはずだ。

 そんなことを考えていたら、本当に猫がやって来た! 人が近寄ってもまったく逃げない。窓を開けても少しバックするくらい。まるで「家の様子を見に来たよ」という感じ。かつてのタリを彷彿とさせる。
 
 思えばタリが初めて姿を見せたのは、でんが亡くなった約一月後。今回の猫もケフィが亡くなってほぼ一月がたった頃に現れた。

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みんなで会いにきてよ

カメラを向けてもまるでに気にせず もしかしたら、でんはほんとうに毛皮を着替えてときどき様子を見に来ているのかもしれない。

「ケフィまでいなくなっちゃって、大丈夫かしら」「タマとタリはちゃんと人間をサポートしてる?」と気遣って。
 そして虹の橋に戻って行っては、ケフィやりゅうやアサりんたちみんなに見たことを報告し、話合っているのかもしれない。「どうしたら人間が元気になるかしら」と意見を募って、また様子を見に来ようとしているのかもしれない。

 しっかり者で世話好きのでんのことだから、十分にあり得る話だ。

 ・・・そんな夢みたいな話をつらつらと考えながら、今日も夢みたいなことを願っている。
「夢でも幻でも、魂でも影でもいい。みんなで会いに来てよ」と。

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揺り戻し

お昼寝中に起こされてちょっと不機嫌? な でんすけ 一時期は少し落ち着いたのに、最近またケフィやでんのことを思い出しては涙することが増えた。ふたりの夢を見ることもしょっちゅうで、夜中に何度も目が覚める。
 職場にいても、歩いていても、電車に乗っていても、いつのまにかふたりのことが頭に浮かび、うっかりすると涙が頬を伝わっていて自分でびっくりしたりする。

 だから出歩くときにはサングラスと大判マスクが欠かせない。幸いなことに世の中は花粉症の最盛期。同じようなスタイルの人がたくさんいて目立つ心配はなさそうだ。

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春のせい

 どうしてまたこんな揺り戻しが起きているのだろう? ひとつの理由は、きっと日増しに春めいてきた陽気のせいだ。

 光の強さが増し、影が濃くなってきた。少しずつ冬が遠のき、春の足音が大きくなった。庭のサンショウは丸いビーズのような新芽の“もと”を蓄えはじめ、ケフィが大好きな南の島から持って帰った長命草は若葉が芽吹きはじめた。
 
 公園ではユキヤナギがぽつぽつと白いつぼみを付け始め、でんとケフィが大好きでしょっちゅう匂いを嗅いだり、かじったりしていた“つんつん”とした雑草の勢いも増している。なのにでんとケフィの姿はない。

置いてけぼりのまま

でんすけと旅行した瀬戸内海の島で海を眺めるケフィ もうひとつは、この冬はいつもの半分くらいしか活躍しなかったニットの帽子を洗ったせいに違いない。

 ケフィの散歩のときにずっとかぶっていたニット帽。例年ならニット帽をしまったら、キャップが登場するのが常だった。そうして「散歩用グッズ」たちも季節に応じて少しずつ入れ替わっていった。だけど今年はキャップはまだ棚の奥にしまわれたままだ。

 もう少し太陽の勢いが増したら、今度はキャップの代わりにつばの広いUVカット効果がある帽子の出番。でもたぶん今年はUVカットの帽子はそんなに重宝されないだろう。

「散歩用グッズ」のマフラーがスカーフに、ダウンコートがウィンドブレーカーに替わる季節がきたのに。季節はそうやっていつも通りまた巡っていくのに、そこにケフィはいない。

 ケフィのことも、ケフィへの思いも、置いてけぼりのまま季節だけが入れ替わっていく。

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上を向いて歩こう

毛皮をかぶったでん けっこうな揺り戻しが続いている

 やっぱりこの春という季節がよくないらしい。街を歩いていても、道ばたに緑の芽吹きを見つけたり、元気に散歩する犬や日なたぼっこをする猫の姿が目につくようになった。冬の間は縮こまっていた命が、一斉に“のび”をして動き始めたような生命力を感じる。
 そんな命の輝きが、遠い世界のことのように思えてしまう。

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DMやカタログ
 
 毎日あちこちから届く「決算セール」のDMやカタログも良くない。見ないで捨ててしまえばいいのに、ついつい見てしまう。

「こんなの買ってあげたらケフィが喜ぶかな」
「これはケフィが好きそうだ」

 そんなことを思っては「もう必要ないじゃん!」と自分で突っ込み、落ち込んでいる。昨年の11月から12月はケフィの体によさそうなものを買いあさっていたから、その数もはんぱではない。

芋づる式

寒くても生命力全開だったケフィ そうやってケフィのことで落ち込んでいると芋づる式にでんのことが浮かんでくる。

 でんが亡くなったのは、もう1年半も前なのに。だいぶ「でんがいない毎日」に慣れたつもりでいたのに。ケフィのことを考えていると、どうしてもケフィとでんがいた毎日のことが思い出され、悲しみが二倍になってしまう。

 ようやくふさがった傷が、すぐそばにできた新しい傷の痛みでうずくかのように、ケフィを失った寂しさがでんを失った寂しさを思い出させる。まるで悲しみが悲しみを引き寄せているようだ。


心は立ち止まったまま

 だから最近は上を向いて歩いている。道ばたにうっかり春の兆しを見つけてしまわないように。天国から見ているだろう、でんやケフィが私を見つけやすいように。涙がこぼれてしまわないように。往年のヒット曲の歌詞はあながち嘘ではなかったらしい。

 ふたりがいない毎日に少しは慣れたつもりだったのに、心はずっと立ち止まったまま。季節だけが私を追い越して行く。
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見えないケフィと暮らして3カ月

ハスキーのグレイの後ろ姿がなんともかわいい『グレイがまってるから』(中公文庫) もうすぐケフィが天に昇って3カ月になる。
 
 ふいに『グレイがまってるから』(中公文庫)が読みたくなって手に取った。絵本作家の伊勢英子さんが、わずか5歳で癌によって亡くなった愛犬・グレイ(ハスキー)との生活やグレイへの思い、「犬の愛おしさ」について書いた作品である。

 思い起こせば、この本を買ったのは先代犬・りゅうが亡くなった直後だった。本屋で、まるで何かに導かれるように手に取ったこの本はなんとも言えない犬との幸せな毎日が描かれ、哀しい別離で締めくくられていた。

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本の影響

雪の見納めとなった昨年11月末 りゅうを失った後、同書と、その続編である『気分はおすわりの日』(中公文庫)を何度も繰り返し読んだ。考えてみれば「大型犬っていいな」と思いはじめたのは、これらの本の影響だったのかもしれない。

 今日まで忘れていたがケフィが子犬だった頃、「ケフィはグレイの年まで生きられるか」と不安だった。その後、テレビ東京のバラエティ番組『ペット大集合! ポチたま』に出演していたまさおくん(ラブラドール・レトリーバー)が悪性リンパ腫のため7歳で亡くなったと知り、「ケフィは7歳を超えられるのか」と気が気ではなかった。


「不在」を数えながら

 同書の最終章「グレイが何を待っていたのか ききそびれた話」で、空へと駆けていったグレイを見送った伊勢さんは「それから私は 風をおいかけることも 季節が変わることも 時の存在も忘れた。欲もおしゃれもなく 夢も発見もなく ことばさえ忘れ 私はただのおばさんになった」(185~186ページ)と書かいている。今の私と同じだ。

 そして「見えない犬と暮らしはじめて三カ月たとうとしている」と、こう著している。

「『気配』というものは『存在』『実存』あってこそ感じるものらしい。『気配』だけでも感じたい、と思っても想像力を駆使して『不在』というフィルターを通して逆説的に思い起こすしかない」(186ページ)

 もしかしたら私が「揺り戻し」と思っている現象は、三ヶ月がたってケフィの「不在」を実感せざるを得ないシーンをいくつも経たがゆえの寂しさなのかもしれない。

 ケフィの「不在」を数えながら、今も私はそうして見えないケフィと暮らしているのだ。
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開き直り

ベランダのお気に入りの場所でお昼寝するゆめ

「桜が開花」のニュースを聞き、私はまたひとつケフィの不在を数えた。
 この季節は、桜並木の河川敷がケフィとの散歩コースだった。

「ほら、河津桜が咲いたよ」
「ソメイヨシノのつぼみが膨らんだね」
「八重桜がもうすぐ満開だよ」

 そんな話しをしながら、ケフィとわずかな季節の変化を楽しんだ。ケフィは目をぱちぱちさせながら桜の花を見上げたり、その幹の匂いをかいで、春の訪れを感じていた。

 だけどもう、ケフィと桜を見ることはない。今年は河川敷にも足を運ばない。
 それでも桜の便りを聞くだけで、車窓から桜の花を見るだけで、ケフィの「不在」を感じてしまう。そのたびに、ケフィとでんがいた頃を思いだしてしまう。

自分を責めるのはやめた

冬は暖房前の長座布団がふたりの定位置だった でも、それでいい。「いつまで泣いているんだ」とか「ゆめやタマやタリがいるのに申し訳無い」などと、自分を責めることはもうやめた。

 ケフィは16年もの間、朝になると強制的に私を起こしてボール投げをさせ、トイレを要求した。自宅で仕事をしている日は、昼になると「ゴハンちょうだい」と言い、夕方になると「散歩の時間だよ」と足踏みしながら、パソコンに向かう私の膝にあごを乗せて催促した。

 離れていても、「今頃昼寝してるかな」「そろそろトイレに行きたいだろうな」「夕飯はケフィの好きな手巻き寿司にしよう」「早く帰って散歩してあげなきゃ」などと、私の思考に入り混み、私にさまざまな拘束を与えた。

 強制的に私を連れ出し、ともすれば季節どころか朝昼晩の境さえ忘れがちな私に、季節の移り変わりを教え、一日に区切りをつけてくれた。そんなケフィの横にはいつも、でんがいた。

 それが私の毎日であり、16年間だった。たった3カ月でリセットできるわけがないではないか。

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ケフィでしか埋められない
 
 新緑の時期になれば、木陰で涼むケフィのことを思い出すだろう。梅雨に入ればレインコートを着て散歩したケフィとの時間が甦ってくるだろう。初夏になれば海でボールを「持ってこい」するケフィが、秋になれば紅葉のなかでトレッキングしたときのケフィを思い浮かべるだろう。

 これからもしばらくの間、ケフィの「不在」を数えながら、めそめそして過ごすことになるだろう。どれもこれも当たり前のことだ。

 以前、「みーちゃん」さんが書いてくれたように、ケフィの「穴」はケフィでしか埋められないのだから。
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ケフィが紡ぐご縁

ぬいぐるみ大好き! ケフィの遺品を整理し、ほぼ未使用の首輪やおもちゃ、シニアフード、薬などを犬の保護活動をしている団体に送った。
 改めて検索してみるとあまりにもたくさんあって、しかもみなさんとても頑張っておられて、いったいどこへ送ったらよいものやら途方に暮れ、時間がかかってしまったがジェントルクリーチャーズ(公式HP )(Facebookページ)という団体を選ばせていただいた

 決め手になったのは、(1)大型犬を中心に保護活動をしていること、(2)あまり大がかりな組織という感じがしないこと(大型犬を心から愛する個人が運営している感じがとてもしたこと)、(3)ケフィが常宿にしていたテニスコートのあるペンションから近かったこと、である。

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ケフィの姿が浮かぶ遺品たち

 同団体のHPには「不要になったものでもかまいません」と書かれていたが、歯形がついたおもちゃや着古したレインコート、子犬の頃に入っていたケージなどは、やはり手放せなかった。
  
 楽しそうにおもちゃをくわえていたケフィ、レインコートでお散歩するケフィ、あどけない表情をしたケフィ・・・どれもこれも、それを使っていたときのケフィの姿が浮かぶ。どれもまるで昨日のことのように鮮やかなのに、もう戻れない遠い日なのだ。

頭が下がる

 同団体を運営しておられる岡本さんのブログを読んでいると、本当にたくさんのコたちがすんでのところで救われている。もちろん、ゴールデンもいる。

 繁殖犬としてひたすら「利用され」てきたコ、養育放棄されたコ、ずーっとずーっとつながれっぱなしの人生を送ってきたコ、病気になって年を取って放り出されてしまったコ・・・。ついつい気になってしまって読み進み、せっかく生まれてきた命がこんなふうに扱われている現実に悲しみと憤りが隠せない。

 そんな現実にただ涙する私とは違って、黙々と犬たちを受け入れ、世話をし、新しいお家を探し、何度も別れを経験しながらもずっと活動を続けている岡本さんに頭が下がる。

幸せを返していけたら

ぬいぐるみにもたれてお昼寝中 ケフィが残したものが、辛い人(犬)生を生きてきたコたちの、ほんの小さな助けにでもなったらいいな、と思う。
 そして、ミーちゃんがいなくなってもずっと地域猫や野良さんたちを救っているようにケフィの存在がこれからたくさんの命を救うことにつながることを心から願っている。

ミーちゃんがいなければ、外で暮らす猫たちの過酷な現実を知らないままだった。地域活動にも興味を持ったりしなかった。
 今回はケフィがつくってくれたご縁。宝物のような時間をくれる犬たちに少しだけでも幸せを返していけたら、と思う。

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天ぷら恐怖症

大好きな南の島のビーチを眺めるケフィ お風呂から出たらタラの芽が天ぷらになっていた。それを見て、またケフィの「不在」を数えずにいられなかった。

 もう何年も前、南の島の宿で天ぷらを揚げたことがあった。基本、旅行中は自炊なので毎日のように市場に通い詰め、関東では手に入りにくい野菜を買っては実験よろしく調理するのが常。
 困ったときは「高温で揚げればなんとかなる」と、天ぷらにすることが多かった。

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ニンジンモドキ

携帯用フードボウルをくわえて『ゴハンちょうだい』と宿でもさい そく ある日、「ニンジンモドキ」という見慣れない野菜にチャレンジした。「モドキ」とは言うもののニンジンとはまったく似ていない、肉厚で歯ごたえがある葉っぱである。葉を洗い、衣を付け、油に投入したとたん・・・ものすごい勢いで油がはねた!

 たぶん、水切りの仕方も悪かったのだと思う。今まで経験したことのない油はねに驚いた私が「ぎゃぁ~~!」と悲鳴を上げながら飛び退いた。すると、私の真後ろにいたケフィも飛び上がった! 

 よっぽど怖かったのだろう。ケフィはそのまま入り口へと猛ダッシュ。料理が終わるまでの間、玄関前にある棚の影に避難。ずっとこちらをのぞいて様子をうかがっていた。

天ぷらが天敵に

 以来、天ぷらはケフィの天敵になった。揚げ始めると「大変だ!」「大変だ!」と部屋中を駆け回り、家中の人に知らせにきた。私がお風呂に入っていれば浴室まできて、ドアを叩いたり、鼻を鳴らして「大変なことが起きてるよ!!」と教えてくれた。そうして自分はさっさと2階や玄関など、安全な場所へと逃げ込んでいた。

 だから、天ぷらを揚げ始めたら、すぐに分かった。

まだまだいっぱい

 思い返せば、手巻き寿司だけではなかった。天ぷら、鍋料理、おにぎりに納豆、卵焼きに卵かけごはん、パスタにうどん、キャベツにヨーグルト、焼き芋・・・キリがないほどの食べ物がケフィとつながっている。
 
 ケフィの「不在」を数える機会は、まだまだ減りそうにない。
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ブログリニューアル
このブログは「ミーちゃんを探して」を2017年2月20日にリニューアルしました。
ブログについて
さいたま市岩槻区で地域猫として住民に愛されていた三毛猫の「ミーちゃん」。 このブログはまず、2008年に行方不明になったミーちゃんの情報収集のためにつくられました。 […続きを読む
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