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もしかしてでんすけ?

 タリがいなくなって1月が過ぎた。
 
 あれから、「2週間前まではタリはここにいたのに」「もういちど1月前のあのときに戻ることができるなら」「どこかで運命を変えることはできなかったのだろうか」

 ・・・いろんなことを考えている。だってどうしても、どんなに考えても、タリが死ななければならなかった理由が見つからないのだ。

 だからなのか。「何くわぬ顔でひょっこりと帰ってくるのではないか」と思わずにいられない。あの、まるで詩吟を歌っているかのようなバイブレーションが効いた、ちょっと情けない、息継ぎの長い鳴き声を響かせながら、茂みの向こうからにょっと顔を出すのではないかと思ってしまう。

新顔の猫がのぞいていた

一番最初のタリとの出会い そんなことを考えていたら、また新顔の猫が家をのぞきにきたという。私は会えなかったので写真を撮ることをはできなかったが、家人によると「茶色い小ぶりの猫で、最初にタリが来たときとまったく同じ様子(写真)で中をうかがっていた」とのこと。

 タリがやってきたのは、でんすけが亡くなって1月後だった。まるで我が家をのぞくように家の中をうかがっていたし、最初からケフィのことをまったく怖がらなかったので「もしかしてでんが毛皮を着替えてやってきたのでは?!」と思った。

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ケフィが亡くなって1月後に現れた猫 ケフィが亡くなって1月ほどが経ったときにも、見慣れないコが家をのぞきにきた(写真)。だから「きっとケフィまでいなくなってしまったから、でんが心配して様子を見にきたんだ」と思った。


淡い期待

 そして今回は・・・。もしかしたら、タリは本当に虹の橋へと旅立ってしまったのかもしれない。そこででんすけと会い、心配したでんすけが、毛皮を着替えてやって来たのかもしれない。

「まったくタリったら、車にぶつかるなんておっちょこちょいなんだから」
「護符(タリス)なんだから、ずっと家にいて人間達を守ってくれないと困るじゃない」

 なんてぶつぶつ言いながら。今頃は虹の橋のたもとに戻って、ケフィやりゅうやアサリンたちと「今度はどうする?」と会議を開いているのかもしれない。話がついたら、まただれかが会いに来てくれるかもしれない。
 そんな淡い期待を持ちながら、日々を暮らしている。
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黙ったまま

「もっと撫でて!」と催促するタリ
 タリの遺骨が乗って仏壇はぎゅうぎゅう。とっても窮屈になった。やっぱりけっこう大きな猫だったようで骨壺のサイズはでんすけの倍。先代犬りゅうと同じ大きさだ。

「本当にタリなの?」

 骨壺に向かって何度も話かけたが、答えは返ってこない。あんなにおしゃべりなタリだったのに、今はもう何一つ語ってはくれない。

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不幸中の幸い

 タリはお向かいの庭で発見された。家主が咲き終わったアジサイを束ねようとしたところ、その根元で冷たくなっていたという。
 10日間も、冷たい土の上に横たわっていたタリ。雨に打たれたり、日に当たったりしたことだろう。つやつやの被毛もぷりぷりしたお尻も、愛嬌のある瞳も面影がなく、まるでぼろぞうきんのようだった。

「たぶん道路を挟んだ家の門を出たところで車にぶつかり、もうろうとしながら身を隠せるところを探したんでしょう。周辺の状況は熟知していたはずですから、少しでも体が動けばもっと人目に付かない場所へ入りこんだはずです。そう考えると、ぶつかってほとんど意識が無く、痛みを感じる間もなかったと思います。こういう状況では遺体も見つからず、飼い主さんは何年も探し続けたりすることが多いのですが・・・今回は不幸中の幸いと言っていいかもしれません」(ペットレスキューさん)

 確かに「不幸中の幸い」ではあったと思う。もし、発見される日の前日、「最近、タリを見ませんね」と隣家のご主人に話しかけられた家人が事情を話していなかったら。発見された日に隣家のご主人が休みで、たまたま庭にいなかったら。きっと役所に通報され、ゴミとして処分されていた。
 私も家人もそんなことは知らずに、ずっと探し続けていただろう。

お家に帰って来てくれたけど

晴れた日には玄関先でもごろん「タリちゃん、お家に帰りたかったんですね」(なじみのペットシッターさん)

 そう、タリはちゃんと帰ってきてくれた。生きているのか、帰ってくるのか分からない存在を待ち続けるのは辛い。ミーちゃんのときにさんざん経験した。そんな思いを私にさせないようにと、ちゃんと帰って来てくれた。タリは本当に孝行猫だと思う。

 そんなタリに、私はいったい何をしてあげられたんだろう。 

 車にぶつかったとき、痛くはなかったんだろうか。苦しくはなかったんだろうか。意識がもうろうとする中で、「お家に帰ろう」と思ったのだろうか。
 人間は危機に直面すると過去の記憶から何か役立つものを探そうとするから走馬燈のように体験が思い出されるというけれど、タリはどうだったのだろう。ほんの少しだけでも私のことを思い出してくれただろうか。わずかだけでも幸せだったときを振り返ることはできただろうか。

 タリを探して歩く私の声は聞こえていた? 「ここにいるよ」と答えてくれていた? 「もうお家に帰れないの?」と心細くはなかった? 短い間だったけれど家の子になって幸せだった?
 
 いくら話しかけても骨壺に入ったタリは黙ったままだ。

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運命のいたずら(2)

一緒にケフィの看病をしてくれていたタリ こういうのを「運命のいたずら」と言うのだろうか。
 もしそうだとしても、その運命は変えることはできなかったのだろうか。

 たとえばあの日、私が家にいたらどうだったのだろう。タリは向かいの家に遊びに行かず、一日中、家の中やデッキでゴロゴロしたりはしていなかっただろうか。
 向かいに家に遊びに行っていたとしても、あと1秒、門をくぐって道路に飛び出すのが遅かったら。車が通りかかるタイミングが、ほんのわずかでもずれていたら。
 もし、車のスピードがもっと緩やかだったら生きていてくれたかもしれない。ケガをしたり、障害を負ったりしたかもしれないけれど、命だけは助かったかもしれない。

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抱っこが大好き

ひざのうえで安心して眠るタリ 私が床に座ると、自分から寄ってきてゴロゴロとのどを鳴きをして体をこすりつけてくるようになったタリ。背中を撫でてあげるとお尻を高くして、鍵形に曲げた尻尾を小刻みに揺らし、一段と大きなのど鳴きをしていたタリ。お尻の部分をとんとんと叩くと両手をうーんと伸ばしながらお尻を振っていたタリ。のどを撫でると気持ちよさそうに目をつむって私のひざにアゴを乗せたり、体を預けたりしてきたタリ。
 
 よほど人間に怖い思いをさせられたのか、自分から私のひざに乗っかってくるのは一大決心だったけれど、一度乗ると「もういい加減降りて」と言わないといけないくらい、いつまでもひざのうえで眠っていた。

 実は抱っこが大好きだったのだ(写真)。

 これからずっと、いくらでも大好きな抱っこができるはずだったのに。怖い思いをしたり、お腹を空かせたりすることもなく、のんびり過ごせるはずだったのに。
 いったいタリの人生はなんだったのだろう。どうしてタリが、こんな目に遭わなければならなかったのろう。


二度と来ない「今度」

「もっともっと、抱っこしてあげたらよかった」と思う。最後に抱っこしたとき、出勤時間が迫っているからと早々にひざから降ろしてしまった。それが最後になると知っていたら、もっと長い時間、ひざに乗せて撫でてあげたらよかった。

 最後に会った日、出かける準備を始めた私に向かって、タリは「にゃぁ」と鳴きながら何度も両目ウィンクを送ってきた。私はいつも通り「また今度ね」と声をかけた。「今度なんて二度と来ない」などと思いもせずに。

 そして抱っこをねだるタリを置いて家を出た。それがまさかタリとの永遠の別れになるとはつゆほども想像しなかった。
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運命のいたずら(1)

天気の良い日はここがお気に入りの昼寝場所だった 今、タリとおぼしき猫の遺骨はケフィやでんと一緒に仏壇の上に乗っている。でも、本当にそれがタリなのか? 
 何しろ発見されたとき、タリの姿はすっかり変わり果ててしまっていた。すでに腐敗が進んだ体は硬直して膨らみ、体型も変わっていた。顔も左耳のV字カットも識別できなかった。

 ただ、わりと大柄でお腹が白くて背中部分が黒く、太くて黒く短めな尻尾の猫だったこと。タリの通常のテリトリーで発見されたこと。亡くなって10日ほどが過ぎた状態であり、それはタリがいなくなった時期とちょうど重なること。
 そして、どんなにタリを呼んでも姿を現さないことから、「それがタリ」と判断せざるを得なかった。

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幸せのスタート地点
 
 どうしても信じられないのだ。まだ若くて、健康で、あんなにかわいくて、幸せのスタート地点に立ったばかりのタリがどうして死ななければならなかったのか。なんで交通事故なんていう、めったにあり得ないものに遭遇して命を落とさねばならなかったのか。

 家にやってくるまでの間、タリはうんと怖い思いをしただろう。かなり人間不信になっていた。寒かったり、お腹が空いたり、寂しかったり、多くの困難に遭ったはずだ。そんな苦労人生が終わろうとしている矢先だった。

 タリはようやく人間を信用しはじめていた。昨年末くらいから、やっと人間に抱っこされるようになって、家の中に入って安心してくつろげるようになったばかりだった。

 現れた当初は「口の利けない猫なのかな?」といぶかしんだくらい無口だったのに、いつの間にか私が知る猫の中でも1、2を争うほどおしゃべりになった。
「帰って来たよ」と言っては鳴き、「おなかが空いたよ」と言っては鳴き、「そばにいてよ」と言っては鳴いた。

のびのびと生き始めたばかり

私がじっとしてると永遠にスリスリしていた タリ お腹が空いているときには人間が歩く足の間をスラロームよろしく絡みつき、上を向きながら「にゃー、にゃー」と甘えた。そうやって少しずつ欲求を出し、自由に振る舞えるようになってきたところだった。

 ゴハンの選り好みも出てきて猫缶と混ぜなければカリカリを食べなくなり、かつお節や青魚はいまいち好きではなく、マグロや牛肉が大好きだった。キッチン台には美味しい物があると分かって人目を盗んでは乗っかって魚や肉を物色。亡くなる数日前には、ごていねいにも6枚入り食パンすべての角をかじって家人に怒られていた。

 ようやく安心し、「自分は愛されている」という自信を取り戻し、のびのびと生きられるようになったばかりだったのに。

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タリ、天使になる

帰宅するといつも「おかえり!」と迎えてくれたタリ タリが天使になりました。
 本日、向かいの家の植え込みで横たわっているのが発見されたのです。

 かけつけてくださったペットレスキューさんに確認いただいたところ、「タリに間違いないでしょう。車とぶつかったようです」とのこと。

 おそらく姿が見えなくなった日に事故に遭った模様。遺体はかなり損傷していました。顔は識別できず、左耳のV字カットもよくわかりません。先に到着した家人によると「お腹にはウジ虫がびっしり付いていた」とのこと。
 模様と尻尾のかたち、体長から、タリであろうと判断し、家人とペットレスキューさんと共に、りゅう、でんすけ、ケフィを見送った霊園で今夜、荼毘に付しました。

 探していただいた方、ご心配していただいた方、みなさま本当にありがとうございました。

 あまりに突然のことで、今はこれ以上は書けません。落ち着いたら詳細をお知らせしたいと思います。

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このブログは「ミーちゃんを探して」を2017年2月20日にリニューアルしました。
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さいたま市岩槻区で地域猫として住民に愛されていた三毛猫の「ミーちゃん」。 このブログはまず、2008年に行方不明になったミーちゃんの情報収集のためにつくられました。 […続きを読む
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